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2008年9月3日水曜日

常滑行ってきた。

ちょっぴり暇があり、ちょうど名鉄のパス券もあったので、はるばる常滑まで行って参りました。
出発時には昨日の集中豪雨により太田川より南は運休だったものの、まあそのうち解除されるだろうと鈍行に乗り、昨日届いた『The Essential Drucker』(Harpercollins、2003)を読みつつ南へ南へと向かいましたですよ。


というか単に電車の中で本が読みたかっただけ、という説もある。というのも、電車の中というのは適度な騒音・緊張感があり、誘惑要因が窓の外の景色ぐらいしかなく、かつ半公共の場ということで姿勢を正す必要性もそこそこあるんで、本を読むのにうってつけだと思うわけだが、いかがだろう。
とかいってるうちに12:00ごろ常滑についたので、まずは昼食。


中華そば茶屋亭にてつけそば中盛り。
ちなみに「並み」と「中盛り」はあるけど「大盛り」というメニューは無いという。


コシの強い麺を甘辛スープにつけて食べる。うまい。
食べ終えたらスープ割とかいうだし汁で漬け汁を薄めて飲むのがこの店のジャスティス。
デザートの杏仁豆腐も、最初に頼んだらあるかどうかわからん的な非重要扱いな対応を受けていたものの、あとで出てきたら甘みを抑えたすっきり味でうまかった。
実際電車の中で本を読むことが主目的である以上目的地は案外どこでもよくて、そうなると次に重要なファクターとなってくるのが美味いものが食べられるか否か、であるところ、ちょうど「名鉄沿線おでかけマガジンWind」が常滑のこの店を紹介していたので、それに釣られていってみた次第だったりする。(ちなみに他の候補としてイワシの刺身定食を食べに知多半田へ行こう、というのもあった。しかし方面が常滑と同じなんだよね。続けざまに2回も同じ方向へ行くのはなんかなあ。)

食後、このまま帰るのも勿体無いので(まあパス券は乗り放題だからこのまま帰ってもいいのだが)、常滑といえば常滑焼であるところ、やきもの散歩道とかいう散歩道があるらしいのでそこをうろつく。


陶芸家が作った色々な招き猫。いわゆるキャットストリート。
目的別に、商売繁盛、美人祈願、安産、旅行安全、学業成就などなど。


じぞう。


土管道路とかなんとか。


巨大招き猫だけど何でこんなことになったのか僕にはよくわからない。
ちなみに裏は張りぼてなんですよねコイツ。

では、疲れたので寝ます。


2008年3月29日土曜日

美杉リゾートへ行ってきたのだ

三重県津市美杉町という場所へ、大学の友人と蟹バイキングへ行ってまいりました。

美杉というからにはやはり杉林の風景が美しかったのでありますが、しかし心配された花粉症的症状は、期待はずれというか不幸中の幸いというか、しばしばのくしゃみ以外ほとんど発症しませんでした。やはりこの現代病は不清浄な空気にスギ花粉が混交することが原因なのでしょうか。

以下、写真・説明・後日談。


名古屋駅から美杉まではバスで2時間と少し。久々に会う友人と四方山話でもすれば、あっという間に過ぎ去ってしまう時間であります。

着いてみると、思ったよりも断然田舎。これが県庁所在地だというのだからまた驚き。
美杉1
ホテルのチェックインまでしばし時間があるらしいので、そのあたりを散策することに。
それにしても、こんな田舎に来るのはいつぶりだろうか。

JR名松線
これが美杉を通るJR名松線の路線。単線であるだけではなく、電車がここを通るのは2時間に1回、しかも1両編成であるという。
スタンド・バイ・ミーごっこができるが、それをすると違法。

サワガニ
さて、蟹食べ放題だー!というのは冗談で、これは宿泊したホテルの近くの川でとれたサワガニ。
左手が無いのも食べたからではなく、もともと。


夕食。バイキングなので、これがすべてではない。
カニもそこそこ美味しかったが、それより手前のスペアリブや奥のスモークサーモン、ここには写っていないがカニ入り味噌汁なんかもなかなかいけた。
男3人なので食べた量も尋常ではなく、周りから白い目で見られていたような気がしないでもないのだが、そういうのを気にしていたらバイキングなんて純粋に楽しめないのである。おそらく。

この後温泉に入り、深夜2時近くまでハイチュウをかけて大富豪だの何だののトランプをし、次の日の朝食後にまた温泉に入り、昼食はスペアリブの専門店「シカゴフォーリブス」で食べ、そして帰りのバスが来るまでホテルのゲーセンでVampireHunterとかいうアーケードの2人用FPSをするものの、すばしこい敵の前に2度も全滅の憂き目に会ったりと、まあ色々と楽しい小旅行だったわけですな。
ただ惜しむらくは、スペアリブの量がアメリカ起源にしては少なかったことでしょうな。今度は今回カニを食べたぐらいの量でスペアリブを食べたい。今度があるのかどうか知らないけどさ。

2008年3月11日火曜日

「台湾へ行ってきた。」の写真。

台湾へ行ってきた。の写真をアップしようかと思いまして。
全部アップするのは面倒なので、とりあえずそれっぽい11枚を厳選して載せます。
残りは写真帳のほうでゆっくり小出しにしていくつもりなので、よろしければチェックしてやってください。




民主記念館(旧・中正記念堂)。高さは70メートルあるんだとか(台座含む)。



台北101。高さ508メートルで現在世界第二位の高度を誇る建築物。
ちなみに英語表記のTAIPEI101については、Technology、Art、People、Environment、Innovationプラス、デジタルの0と1だとか。いかにもこじつけっぽいけどな。



台北101の展望台から。高感度で撮ると後の処理が難しくて困る。長時間撮影版もあるんだけど、カメラを固定しなければいけない都合上、視界がよくない。



忠烈祠における儀仗兵交代式。皆さん写真撮りまくりです。いつも歩く場所に色がついています。



鼎泰豊の小籠包(かにミソ入り)。熱いうちに食べないとおいしくない。



国父記念館とその手前の公園。こういう広い憩いの場が結構ある。日本はそれほどないよなあ。



士林夜市でみつけたエビすくい。釣れたやつは持って帰れるのだろうか。食えるのだろうか。



猫空ロープウェイから。片道20分ぐらいだったかな。下には茶畑がたくさん見えます。



指南宮。猫空ロープウェーで猫空の頂上へ行く途中にあります。電飾つきの仏さんがいて萎えた。



大味小館のトーロンポウ(東坡肉)。これが半端なく美味いんですよ。これ食べにまた行ってもいいね。(香草はあまり好きじゃないんだが。)



上海故事のカラスミ。3つ食べたんで残り3つ。日本円で1300円ぐらいだろうか。ここはエビギョーザが美味かった。


というわけです。
昨日と明日は愛知県公立高校入試なので、オチなしのエントリと言うことで。(単に思いつかなかっただけだけどさ)

2008年3月8日土曜日

台湾へ行ってきた。

と、いうわけで昨日、台湾・台北市より日本へ帰ってまいりました。(どうもこんばんは)
どうやら通算13回目、日本を含めず13カ国目の海外旅行だったようです。
日程としては、どうだろう。もう1日あればもっと色々なところを回れたかもしれないけど、台北だけ見るなら3泊4日、中日(なかび)2日で充分かもな。

以下、詳細なメモ。(写真は別の機会に。あるいは一法律学徒の写真帳で。)


1日目


テイクオフの際にトラブルがあり、台北の空港へ着いたのは15時すこし前。
今まで使ったことのない入国カードは必須だわ、入管の手続はノロいわ、荷物はどこかへいってしまうわで、空港でかなりの時間を浪費。
16時ごろにホテルへ移動。
その後、友達との待ち合わせ場所である『民主記念館(旧・中正記念堂)』へ。
蒋介石を記念する建物だったわけですが、今は民主化に伴って名前も変わり、内装にも大きな変化が。(儀仗兵もいなくなったらしい)

そこでかつて大学主催のセミナーで知り合った台湾人の友人Aと久々の再会。
Facebookで連絡を取り合い、再開にこぎつけるあたり時代の流れを感じますね。
民主記念堂を案内してもらったあと、彼らの大学へ。

大学で同じセミナーに参加した友人B、Cと合流。夕食へ。
ワンタンメンを食べる。結構おいしい。
食事中に彼らの大学の刑法の先生が通りかかる。
カンフーの胴着のような民族衣装を着ている。実際にカンフーができるらしい。しかしその格好で授業ってかなり乙ですね。

夕食後、現時点で世界第2の高さを誇る建物、台北101の展望台へ。
詳しいデータはリンク先のwikiを参照してもらえばいいのだが、とにかく高い。
周りの高層ビルが全く高層とは思えなくなる高さ。なんというか、こればかりは体験してみないと分からない。
その後、友人と別れてホテルへ戻る。


2日目


朝食はそのへんの庶民食堂、というか、もはや屋台。一応軒先で営業しているんだけど。
ハッキリ言ってかなりまずい。次の日からきちんとした朝食をとろうと決意した瞬間。

電車とタクシーを乗り継いで故宮博物院へ。
それほど興味を惹かれる芸術品はない。翠玉白菜(白菜型の翡翠)、あるいは肉形石(豚の角煮の形をした石)なんかは凄いと思ったけど。
歩きつかれたので博物院内にあるコーヒーショップで休憩。ウーロン茶うめえ。

その後、忠烈祠で儀仗兵(衛兵)の交替式を見る。
ここは要するに靖国神社であり、抗日戦争とか北伐とか、あるいは中華人民共和国との戦争などで亡くなった烈士さんたちが祭られている場所である。
などという歴史的・思想的背景をヨソに、ここが有名なのはひとえに儀仗兵の交替式があるからであり、抗日烈士の御霊を守りし衛兵さんは、敵の子孫たる日本人のシャッターにおさめられまくっているのである。
ちなみにこの衛兵さんたちは、交替式(1時間に1回)のとき以外微動だにしない。交替式も一糸乱れぬバトン(銃剣つきライフル)行進で、見る分にはなかなか面白い。

昼食はかの有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)。
名古屋高島屋にも支店ができたんですね。というか、ディンタイフォンのクセにGeocitiesでホームページ作るなよと言いたい。
それはさておき、やはりここの小籠包は美味い。かにミソ入りの小籠包も美味い。
あとは鶏の紹興酒漬けもなかなかいける。

次に訪れたのが孫文をまつる国父記念館。
孫文関係の資料が色々と展示してある。また、ここにも儀仗兵がおり、交替式もするようで。
近くの公園では凧揚げをしているおじいさんがいる。
ここで大学のサークルの先輩と出くわす。何たる偶然。

紅茶で休憩をし、士林夜市へ。
かなり臭い。ここだけではないのだが、台北の屋台街というのは、独特の臭いがする。無臭の場所が多い日本に暮らしていると、結構苦痛なのではないか。
とりあえずタピオカミルクティーだけ飲んでいく。夕食前なのにタピオカで腹が膨れる。

夕食は精進料理の店。
へんな場所にあるのでなかなか見つからず、かなり歩く。
歩いた割には先ほどのタピオカが腹に残っていて、料理はあまり食べられず。というか昼食がおいしかったせいか、夕食には不満が残る。


3日目


朝起きてホテルで朝食。
猫空ゴンドラに乗り、猫空の茶園へ。
特にたいした物はない。景色はよく、台北101がよく見える。
帰りに指南宮という、まあ神社か寺かよく分からない場所へ行ってくる。文化財にしては全く古くなく、少々興ざめ。きらびやかではあるのだが。

昼食は台北動物園駅の近く。
「Rice noodle」なのに具のないワンタンのようなものが出る。まあ「パスタ」が常に麺状のものをささないのと同じ理屈か。
杏仁豆腐うめえ。

昼食後は台湾故事館へ。
日本でいうと明治村までは古くないが、昭和村のようなものだろうか。
中で色々とお土産を見たりする。なつかしグッズが多いようだ。
その後も色々とお土産やさんを物色。陶器でできた人形を買う。

夕食は大味小館という上海料理屋。
ここでも小籠包を食べる。あとは豚の角煮である杭州東坡肉。パンに挟んで食べるのだが、油がたっぷり乗っていて、さらに味付けもよく、激ウマ。
マンゴープリンも食べたぞー。


4日目


4日目はショッピングに費やそうと思っていたので、特に書くことはない。

朝食は食べず、ブランチということで昼食と一緒にとる。
カラスミを大根とネギで挟んで食べる。うまい。
エビ入り蒸し餃子もうまい。


というわけで、なんだか食べ歩きみたいな旅行記になってしまいましたが、まあ台北ってそういうところです。多分。(いや、いい意味で。)
しかし、太ったかと聞かれればそうではなく、むしろたくさん歩いて足が細くなった気が。だって靴下が緩いんだぞ。
写真は近日中に公開!

2008年3月3日月曜日

台湾へ行き(以下自重

明日4日より、台湾・台北市へ行ってまいります。
携帯での更新方法は夏休みに覚えたので、夜中なんかに更新するかもしれません。
いい写真が撮れたら写真帳のほうに載せときますんで、こちらもあわせてよろしくお願いします。

早く行きたいわーん(自重せずに言ってしまった)。

2007年10月24日水曜日

旅行と英語

『リアル鬼ごっこ』売り上げ冊数の100万分の1は私です。申し訳ない。
おそらく帯に騙されたか、あるいは新聞広告に騙されたか。しかもその後に『親指さがし』まで買っているあたり、二重の意味で怖いもの見たさだったんでしょうな。

上記数行が分からない人は実際に山田悠介氏のお本を読んでみると意味が取れると思う。読んで理解できないなら理解できない方が悪い。はず。

で、本日は以前から書く書くと言っていた「旅行と英語」についてのエントリです。


過去のエントリ等を参照していただければ分かるのだが、僕はかなりの旅行好きで、特に大学入学後(といっても在学期間は2年以下)は1年に1度以上、海外へ個人旅行へ行っている。
行き先は、去年の夏はアイルランド、春に香港、今年の夏はドイツ~(中略)~トルコであった。
このような旅行後によく尋ねられるのが「英語は上達したか」という質問なのだが、この質問への答えはYesであってNoである。

なぜそのような曖昧な回答しかできないかといえば、それは以下のような理由による。

まず、ボキャブラリー(語彙)であるとかスラング(俗語・略語・隠語の類)等の英語に関する知識、および発音や反応などの英語スキル、こういったモノについては、1~2週間でそうそう伸びるものではない。聞き取り能力についても同様である。つまり、TOEICの点数は変わらない。

もちろん、2週間の短期語学留学で英語スキルを上達させて帰国する人がいるのも事実であろうが、僕についていえば、それはない。
そもそも旅人の英語(もちろん英語以外の外国語も含む)というのは、本質的な意味というのが通じればそれで足りるのであり、多くの場合において本質的な意味というのは高校レベルの英語名詞でなんとかなるものなのである。
分かりやすい例を挙げるとすれば、例えばレストランで「Fishing!」と言ったとしても、まさか「釣り行きてえ!」と言う意味に解されることは無いのであって、おそらくほとんどの場合「ああ魚料理が欲しいのだな」と分かってもらえるはずである。
先の例は少々極端なものだが、実際の体験談として、共有できている単語が「ソフィア(ブルガリアの首都名)」しかなかったとしても(相手は英語が話せなかった事例)、ベオグラードの駅でソフィア行きの切符が買えるのである。
要するに、TPOというのは口以上に物を言うのであるから、旅行には高度の英語スキルは不要であり、よって英語スキルも(意識的にならなければ)そんなに上達しませんよ、という話。

これに対して語学留学はといえば、僕は行ったことがないので分からないが、おそらく英語で授業を受けたり、ディスカッションしたり、ホームステイしてホストファミリーと必然的に英語で話さなければならなくなったりするのだろう。
こういう場合はある程度きちんとした英語を意識的に話さねばならないのであるから、もちろん結果として英語力も上昇して然るべきであるし、そもそもこれで上昇しなかったら語学留学の意味も無い。
一方、僕のような旅行形態をとる場合、明日の宿も決まっていないのが通常であるから、恒常的に英語で話すような相手もなし、友達と一緒の場合は日本語で話せば事足りますね、という按配であるから、こういう人的側面から見ても英語スキル上達は望めない。

じゃあさっきから聞いてれば全然英語上達しないんじゃんかよ、なにがYesであってNoだよ、という意見もあるだろうが、ここからが今日の肝である。おそらく。

つまり何が言いたいかというと、「英語を話すスキル」というのは上達しないが、「英語で話しかけたり、あるいはそもそも英語で何か言ったりする勇気」というのはつくのである。
どういうことか。具体的には、困った時の最初の一声「Excuse me.」が最初はなかなか出てこないが、慣れるとかなりの人に対して「Excuse me.」が言えるようになる。
こう書くとごく簡単なことのように見えるが、実際見ず知らずの人に、しかも外国で、しかも母国語とは違う言葉で「すんません」と言って話を切り出すのは、特に日本人のようなシャイな国民にとっては必ずしも簡単なことではない。
しかし、日本ではあまり気づかないことだが、こちらが動かないと世界は自分に気づいてくれないというのは多分に真実であって、つまり最初の一言が無ければ旅行もクソも(Excuse me...)ないのである。

で、話がすこし飛ぶが、この「最初の切り出し」が苦手だから日本人というのはツアー参加者が多く、外国の人々から見て集団行動の日本人というイメージがついてしまうのだ、というのが僕の持論である。
実際、ツアー参加者でないこと、単独行動であることのみを以って、あなたは中国人か?と聞かれることはままある。中国系の顔ではないのだが。


誤解されるといけないので追記・英語ができないからルサンチマンでこんなことを書いた、というわけではない。一応英検は準一級であり、TOEICは受けてないから分からないが、まあ通常人よりはかなり話せるはず。

2007年9月15日土曜日

帰還そして

皆様お久しぶりです。
2週間の修行を終え、なんとか帰ってまいりました。

と、いうわけで、


明日からまた2週間、ドイツ~イスタンブゥールへのバックパッキングへ行ってまいります。

去年のアイルランド放浪は一人旅で、それにくらべて今年は二人旅ということで、まあ心強い。かというと、そうは断言できないところが多々ある。

第一に、去年は欧州屈指の治安の良さを誇るアイルランドの、ローカルな(国境を越えない)旅だったのに対し、今年はいかにも治安の悪そうなセルビア・ブルガリアとか通っちゃう、しかも国境を何本も越える旅になる。
第二に、英語が通じるかどうか不明。第二外国語でドイツ語習ってるからといって、旅行で使えるレベルかどうかはかなり怪しいものがあるし。


それはそうとして、修行中の2週間で色々なことがあったようで。
なんたって安倍さんは辞めてるし、「ポスト安倍」かと思われていた麻生さんも旗色悪いし。
ネットも新聞も無い環境だったんで、そのあたりの臨場感が味わえずに残念。
これからまた2週間、世の中(特に日本)の変化からまた離れるわけだが、一体次は何が起こるのか。

変化といえば、ヴィトンの広告にゴルバチョフが登場して、こんなテロップが貼ってあった。
なぜ人は旅をするのか。
世界を知るため?
それともそれを変えるため?


・・・・・世界を変える!